2026年8月25日、内閣府SIP第3期「スマートモビリティプラットフォームの構築/実践的なモビリティのリ・デザイン」の取組の一環として、スマートモビリティ国際フォーラム in 東京「データは新たな社会インフラになれるのか?~スマートモビリティプラットフォームの構築に向けて~」を開催いたしました。
国内外138名(会場+オンライン)の専門家が参加し、モビリティデータを新たな社会インフラとして捉え、そのガバナンスのあり方や、データスペースの社会実装に向けた課題と展望について活発な議論が行われました。
1.開催概要
| 日時 | 2026年8月25日(火)14:00~17:20 |
| 場所 | 日比谷スカイカンファレンス Room B |
| 主催 | 一般財団法人 計量計画研究所(IBS) |
| 共催 | 内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期」 スマートモビリティプラットフォームの構築 IBSコンソーシアム |
| 後援 | JCoMaaS(一般社団法人日本MaaSコンソーシアム) |
| 参加者 | 138人(会場参加およびWeb参加の合計) |
2.プログラム (敬称略)
| (司会進行) 石神 孝裕 : 一般財団法人計量計画研究所 企画戦略部長 | |
| 14:10 | ITF共同成果報告 「データは新たな社会インフラになれるのか」 (登壇) フィリップ・クリスト:International Advisory Board(IAB)メンバー /OECD国際交通フォーラムイノベーション・フォーサイト担当シニア・アドバイザー |
| 14:40 | HINTリーダーセッション 「リ・デザインとデータガバナンスの実装に向けて」 (進行) 中村 文彦 : SIPサブプログラムディレクター(SPD)/放送大学教養学部 教授 (登壇) 星 明彦 : 国土交通省総合政策局モビリティサービス推進課 課長 藤原 章正 : 広島大学大学院先進理工系科学研究科 特任教授・名誉教授 谷口 綾子 : 筑波大学システム情報系社会工学域 教授 牧村 和彦 : 一般財団法人計量計画研究所 業務執行理事 フィリップ・クリスト : IABメンバー 兼 OECD国際交通フォーラム |
| 16:00 | ディスカッション 「リ・デザインとデータスペースの実装に向けて」 (進行) 石黒 祥生 : サブ課題担当プロジェクトマネージャー(PM) /東京大学大学院情報学環 准教授 (登壇) 越塚 登 : SIPサブプログラムディレクター(SPD)/東京大学大学院情報学環 教授 有吉 亮 : サブ課題担当プロジェクトマネージャー(PM) /名古屋大学未来社会創造機構 特任准教授 内山 裕弥 : 宮崎県総合政策部総合交通課 課長 フィリップ・クリスト : IABメンバー 兼 OECD国際交通フォーラム |
| 17:00 | クロージング 石田 東生 : SIPプログラムディレクター(PD)/筑波大学 名誉教授 |
3.ITF共同研究成果報告 「データは新たな社会インフラになれるのか」
登壇者:フィリップ・クリスト
ITFとIBSコンソーシアムとの共同研究成果「A Primer on Mobility Data Governance」の全体像がフィリップ氏から報告された。モビリティデータをこれからの社会を支えるインフラとして捉え、そのガバナンスがなぜ必要か、何が課題か、そして枠組みを構築するために何が必要か、各国の事例を交えて具体的な道筋が提示された(当日のプレゼン資料の機械翻訳版はこちらから)。

●すべては「アクセス」のためにある
モビリティとは移動そのものではなく、雇用・市場・人とのつながりといった機会への”アクセス”を提供する手段であり、データガバナンスはそのアクセスを支える営みである。
データガバナンスは、単に新たな方向性を示すものではなく、社会の進歩に向けてイノベーションを適切に導くための仕組みである。
●データの性質を正しく理解する
データは非競合財であり、共有されることで多様な価値を生み出す。一方で、リスクの高いデータも存在することから、リスクに応じて公開・共有の範囲を適切にコントロールすることが重要である。
多くのデータをより速く得ること自体が価値を生むわけではなく、そのデータによって“何が可能になるか”に価値があるため、何を実現したいのかを明確にし、データの下流における利用に着目する重要性が指摘された。
●モビリティデータはインフラである
都市空間・交通インフラ・交通サービスの3層はいずれも公共価値のために強く規制されているが、これらを結びつける第4の層であるモビリティデータの規制のあり方は定まっていない。
分野横断的な先行例として欧州の「Eurostack」が紹介され、データを特定の主体の所有物としてではなく、社会全体で活用する「共有財(Common Good)」として捉える考え方が示された。
●法・組織・技術・競争の4つの課題
モビリティデータガバナンスをめぐる課題は、「法的課題」、「組織的課題」、「技術的課題」、「競争上の課題」の4つに整理された。具体的には、データの法的地位の不明確さ、法制度の断片化、組織におけるビジョンの欠如、小規模な組織における技術・能力の不足、データの所有権をめぐる争いなどが挙げられた。
データ品質や相互運用性の不足といった技術的課題は注目されやすい一方、比較的解決しやすく、むしろ法的・組織的課題の解決の方が難しいと指摘された。
また、データ所有権をめぐる争いの根底には「力の非対称性」があり、大きな力を持つ事業者が、データから得られる利益を独占し得る構造があると指摘された。
●6つのビルディングブロック
データガバナンスの枠組みを構築するために必要な構成要素として、海外事例を踏まえ、以下の6つのビルディングブロックが示された。
①目的と社会的価値 (Purpose & Societal Value)
②役割と責任 (Roles & Responsibilities)
③相互運用性 (Interoperability)
④アクセス・交換・利用・廃棄 (Access, Exchange, Use & Disposal)
⑤信頼の枠組み (Trust Framework)
⑥制度・能力・説明責任 (Institutions, Capacity & Accountability)
「相互運用性」では、MIMs(Minimum Interoperability Mechanisms:最小相互運用性メカニズム)の考え方が強調された。完全な相互運用性を目指すのではなく、相互運用の対象と、それに必要な最小限の水準を明確にすることが重要とされた。また、「役割と責任」では、各主体が担う責任を明確にし、その履行を規制・契約・自主的な取組のいずれで担保するかを定める必要があるとされた。
講演の締めくくりとして、モビリティデータガバナンスの枠組みが目指すべき姿として、「可能な限り簡潔に、正当化できる限り詳細に」、「実行可能な限り分散的に、必要な限り集中的に」、「可能な限り汎用的に、必要な限り具体的に」の3点の重要性が提示された。
4.HINTリーダーセッション 「リ・デザインとデータガバナンスの実装に向けて」
登壇者:(進行)中村 文彦 SPD/藤原 章正、谷口 綾子、牧村 和彦、星 明彦、フィリップ・クリスト
本セッションは、モデレーターの中村文彦SPD進行のもと、「スマートモビリティプラットフォームの構築」に取り組むコンソーシアムのメンバー3名に、国土交通省星明彦課長とフィリップ・クリスト氏を交えた計6名で、データガバナンスの実践場面における社会実装の課題と戦略が議論された。

左から、中村文彦先生 藤原章正先生 星明彦氏 牧村和彦氏 フィリップ・クリスト氏
画面:谷口綾子先生
●データ共有を支える信頼と目的の共有
パネルディスカッションでは、政策を決定する主体とデータを保有する主体が一致せず、両者の立場や力に差がある「力の非対称性」が指摘され、その中でいかに信頼関係を構築するかが課題として挙げられた。また、日本の交通計画ではデータの分析・活用に比べ、データガバナンスという考え方が十分に浸透しておらず、その必要性を分かりやすく伝えることも課題とされた。
こうした状況に対し、単に「データを共有すべき」と求めるのではなく、データ共有によって何を実現するのかを明確にすることが重要との議論が交わされた。また、地域での経験や人々の思いをナラティブとして共有することで、関係者の理解と信頼を築いていくことの意義が示された。
●制度と契約によるデータ共有の仕組みづくり
データ共有を各主体の善意だけに委ねることには限界があることから、提供側と利用側の双方の役割と責任を明確にし、それを制度や契約によって担保する必要性が議論された。また、日本では国・都道府県・市町村で権限が分かれているため、誰がどのような根拠でデータ提供を求めるのかという制度上の難しさについても指摘があった。
国土交通省からは、データ提供の応諾義務に加え、データを受け取る側にも管理上のルールを設け、事業者が安心して提供できる環境を整える運用を準備していることが紹介された。また、ロサンゼルス市が電動スクーターの運行許可とデータ提供を結び付けた事例を踏まえ、日本でも公共契約や許認可の手続きとの一体化、共通仕様書を提示しデータガバナンス指針を各地域で宣言する方策、地域公共交通計画等の既存制度を活用し、データ共有を実効性のある仕組みにしていく具体的な提案が示された。
●データ共有による便益の可視化
データの取得・管理には事業者や研究者側に多くの時間と費用がかかる一方、共有による便益は行政や利用者、地域社会など幅広い主体に及ぶ。このため、「可能な限り共有する」という原則だけでは現場の行動につながりにくく、データを提供する側にも共有するメリットが見える仕組みが必要との問題意識が示された。
国土交通省が進める地域交通DX推進プロジェクト「COMmmmONS」では、データ共有による自動化・共同化によってコストを下げ、顧客価値と収益性を高めることで、バス・タクシーの「損益分岐点を動かす」ことを目指していることが紹介された。さらに、交通の価値を事業収益だけで捉えるのではなく、医療費の低減、教育、消費等への波及効果まで含めて可視化し、社会的価値を公共投資の根拠につなげていく必要性が示された。
●持続的な運用と知見の継承
研究や実証プロジェクトの終了後に、誰が責任を持ってデータの収集・管理を継続するのかが課題として挙げられた。また、データだけでなく、施策に至る意思決定の過程や地域での経験が、担当者の交代によって失われやすいことも指摘された。
データそのものだけでなく、どのような意思決定を経て施策を実施し、どのような結果につながったのかというプロセスを蓄積・共有することが重要であり、ヨーロッパで実施されているような、地域同士が互いの経験から学べる場やネットワークを設けることが、知見の継承と取組の継続を支えると示唆された。
●データガバナンスの言語化
“データガバナンス”という言葉からは、施策の具体像が日本人にはイメージしにくいという意見が交わされた。石田PDからは、データガバナンスとは一言で言えば「ちゃんとやる」ことであり、同時に重要なのは「何のためにちゃんとやるのか」を見失わないことであるとの考え方が示された。すなわち、技術や制度を導入すること自体を目的とするのではなく、それらが人々の暮らしや社会にどのような価値をもたらすのかを問いながら実践していくことが重要とされた。
5.ディスカッション「リ・デザインとデータスペースの実装に向けて」
登壇者:(進行)石黒 祥生 PM/越塚 登、有吉 亮、内山 裕弥、フィリップ・クリスト
本セッションは、モデレーターの石黒祥生PM進行のもと、越塚登SPD、有吉亮PM、内山裕弥課長にフィリップ・クリスト氏を交えた計4名で、報告で示された簡潔さ、一貫したデータガバナンス、分散型のデータスペース、公共財としてのデータといった考え方を、日本でどのように普及・実装していくかが議論された。

左から、石黒祥生先生 フィリップ・クリスト氏 越塚登先生
画面:左から、有吉亮先生 内山裕弥氏
●データスペースを「データ流通」から「人々の便益」につなげる
データスペースでデータの提供者と利用者をつなぐだけでは、その先で人々の暮らしやモビリティが実際に改善したかという成果までつながりにくいことが指摘された。また、交通計画では詳細なデータ分析が行われても、運行本数やルート等の具体的な意思決定に十分結び付いておらず、データとアウトカムの間にギャップがあることが課題として指摘された。
データの提供者・利用者だけでなく、最終的に便益を受ける人々も含めて価値を生み出す「Co-creative(共創)型」のデータスペースを目指すことが示された。また、データを実際の成果につなげる観点から、シミュレーションやデジタルツイン等によって意思決定との接続を図るとともに、高齢者の外出維持や中高生の自立した移動など、生活上の変化まで含めて価値を多角的に評価する必要性が示された。
●コストと便益が循環するデータエコシステム
データの「生成-流通-活用」のうち、AI等によって活用側のコストが低下する一方、データを生成・整備する側には依然として大きな負担が残っており、上流でコストを負担し、下流で便益が生まれるという非対称性が指摘された。加えて、データスペースを継続的に運営する費用を誰が負担するのかは、海外でも実運用・拡大していく際の共通した問題となっていることが紹介された。
下流で生まれた便益をデータの生成・提供側へ還元し、コストと便益が循環するエコシステムを構築する必要性が示された。一方、具体的な価格や費用負担のあり方には明確な解がなく、まず関係者間で共有に要するコストと生み出される便益を把握・理解することが必要とされた。
●データの日常業務への適用
データ基盤や分析ツールを整備しても、自治体や交通事業者の日常業務で使う具体的な目的がなければ、データ流通は広がりにくいことが指摘された。また、小規模な自治体では、詳細なデータを整備する人材やツールが不足し、地域の規模に対してデータガバナンスの負担が大きくなりやすいことも課題として挙げられた。
「アプリケーションがあって初めてデータスペースの価値が高まる」という考えのもと、データ基盤だけを先に構築するのではなく、ダイヤ編成、帳票作成、アクセシビリティ分析など、現場が価値を実感できるアプリケーションや業務改善と一体で導入することが重要とされた。また、小規模地域では、すべての地域に同一の高度な仕組みを求めず、規模や人材、能力に応じて支援ツールや既存の仕組みを活用しながら段階的に実装する考え方が示された。
●標準化と相互運用性
日本ではGTFS等を除いてモビリティデータの共通仕様が十分に整備されておらず、そもそも何をモビリティデータとして扱うのかという整理も十分ではないことが指摘された。また、事業者ごとにシステムやデータ仕様が異なるため、データの連携・活用のたびに加工や変換が必要となり、これがデータ活用のコストを高める要因になっているとの意見が示された。
これに対して、各事業者の内部システムやデータ仕様を単一の仕様に統一する必要はなく、異なる仕様が存在することを前提に、それらを相互にマッピングできるようにするとともに、APIなどでデータ連携に必要な部分の相互運用性を確保することが重要とされた。
一方、日本での実装においては、業務で用いるシステムやデータ仕様を標準化し、日常業務から生まれるデータをそのまま活用できるようにすることで、データの加工・変換に要する手間を抑えるとともに、事業者内部の業務自動化にもつなげる考え方が示された。
宮崎県では、バス事業者と県が連携してこうした標準化に取り組み、輸送実績報告書等の自動作成による業務効率化に加え、新たなソリューションの導入コストを低減することで、データ流通の便益を交通事業者自身にも還元する取組が進められていることが紹介された。
●日本での実装に向けて
日本では人口や市場が拡大する中で新しい仕組みに投資するのではなく、人口減少によって地域や交通事業の規模が縮小する中で、データや新たな仕組みを導入していかなければならないことが、日本における社会実装の大きな前提として指摘された。
そのため、データとアウトカムの隔たりを研究によって埋めること、人口減少下でも新たな仕組みを組み込める制度・政策を形成すること、コストと便益が循環するエコシステムを構築することなど、それぞれの立場からデータスペースの実装を進める必要性が示された。また、人口減少や過疎といった日本の課題そのものを、新たな仕組みを生み出す契機として捉えるという未来へ向けた視点も共有された。
6.クロージング(筑波大学 石田東生 先生)

石田PDからは、人口減少や高齢化、地域・産業の衰退に直面する日本が、「課題先進国」にとどまらず「課題解決先進国」を目指すべきとの考えが示された。そのためには、短期的な経済性だけでなく地域の多様な価値を捉え、人材やスキルが不足する小規模地域を支える国の役割を考えることが重要とされた。
具体例として、高知県仁淀川町で高齢者が健康づくりやまちづくりの担い手として活躍する取組が紹介され、従来の「支える側・支えられる側」の関係を変える可能性が示された。データや制度、技術、コミュニケーションを通じて地域を元気にし、その成果を可視化して世界に発信することへの期待をもって、フォーラムが締めくくられた。